神戸地方裁判所 昭和40年(ワ)340号 判決 1967年3月30日
原告
室谷浩
右法定代理人親権者父
室谷庄吉
同母
室谷朝栄
右訴訟代理人
宮崎定邦
同
堀田貢
同
田中唯文
被告
服部幸作
右訴訟代理人
吉本登
主文
被告は原告に対し金五〇万〇、〇〇〇円を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
この判決は原告において仮に執行することができる。ただし被告において金三〇万〇、〇〇〇円の担保を供託するときは、右仮執行を免れることができる。
事 実≪略≫
理由
一本件事故の発生
原告主張の日時場所で、折柄南進中の被告運転の四輪自動車(客貨兼用車)の後部ナンバー左端が、東側小道から徒歩で県道に出ようとした原告の左足内ももに衝突した事実は当事者間に争がなく、右衝突の結果原告がその主張のような傷害を受けたことは(証拠―略)認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。
二過失の有無
<証拠―略>本件事故現場はほぼ南北に通ずる有効幅員約五・五米の県道と東南方からやや斜に右県道に通ずる幅員約三米の小道とがJ字型に交差する場所で、右交差点の東北方は一米余り高地となつていてその方面には雑草が茂りことに事故当時には丈の高いススキが林立していたこと、そのため県道北方からの右小道に対する見通し並びに右小道から県道の北方に対する見通しは共に悪く、交差点より北方一〇米の県道上(高さ一米)で初めて右小道に対する見通しが十分となる状況であること、被告は事故前から度々右県道を通行し右小道のあること及び小学校の学童が登校下校に右小道を利用していることをよく承知していたこと、したがつて被告としては右小道から県道上へ突然に人が歩みでることのあり得ることを予想し、警音器を鳴らして車の接近を知らせると共に万一小道から急に通行人が出てきたような場合には直ちに急停車して事故の発生を未然に防止できるよう減速徐行すべき業務上の注意義務があるものというべきところ、被告は右小道から出てくる通行者はないものと軽信し、警音器を鳴らさず、かつ右の徐行義務を怠つたまま、道路の左側を時速四〇キロ位の速力で漫然と南進したことの各事実が認められ、そして右事実から観察すると本件事故は被告が右の注意義務を怠つた過失により発生したものとみるべきであるから、被告は本件事故の結果原告の受けた損害を賠償すべき義務がある。
しかしながら、<証拠―略>原告は本件事故当時満八歳三ケ月で小学校二年生であつたところ平素登校下校に本件事故現場を通つていたこと、本件事故は原告が他の学童三名と共に下校の途次前記小道の県道口から一二、三米東南方の道端に止めてあつた軽四輪自動車を悪戯心から二、三人で押したところ自動車が少し動いたため、持主に見つかると叱られる思い米村時也を先頭に小走りに右小道を走りおり県道へ出ようとしたのであるが、先頭の米村は県道口の溝蓋の上で北方から南進してくる被告の自動車に気づいたので同所で停止したが、その次に走りおりた原告は自動車に気ずかず右溝蓋から一歩か二歩県道上に出た際折柄同所を南進した被告自動車の後部バンバー左端が原告の左足内ももに衝突したものであることが認められる。
検証結果中原告の「左足を一歩ふみ出したときに衝突した」旨の指示説明部分は原告の転倒位置などに照らしいまだ十分な心証を得るに足らず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。ところで原告は当時年少であつたとはいえ小学二年生で平素右現場を通つていたのであるから、右小道と県道の北方とは互に見通しが悪く、小道から突然に県道上に出るときは北方から来る自動車と衝突する危険のあること、その危険をさけるために一旦小道の出口附近で停止して交通の安全を確認しなければならないことの智識と判断力を有していたと認むべきであるから、その注意判断を怠つた原告にも過失があるものというべきである。
三原告の受けた損害
(一) 先ず原告の請求する付添看護費につき考察するに、<証拠>を綜合すると、原告は本件事故後直ちに被告の自動車で三木市福井所在の藤本病院に運ばれ同日から翌三九年一月一六日まで入院治療を受けその間原告の母朝栄が看病のため付添つたこと、原告の父庄吉は右藤本病院における治療処置に不安を感じたため翌一七日神戸市兵庫区羽衣通一丁目所在の佐藤整形外科診療所(医師佐藤宏経営)に転院したのであるがその際における診断によれば左大腿骨が完全に折れて転位しており左足の脚長が三糎短く、左膝の関節は拘縮し約一三〇度までしか曲らない状態であつたこと、そのため同医師は原告に対し右拘縮を解くため関節運動の物理療法を行ない、また同年二月一二日骨折部の癒合手術を行い以後は右物理療法、手術後の後療法を続け原告は同年八月二日退院したこと、その間終始原告の母朝栄が看護のため原告に付添い、そして右の付添は原告の年令及び病状からして必要なものであつたことの各事実が認められ、そして当時付添看護人を雇う場合の費用は一日金六〇〇円と認めるのが相当である。他に右の各認定を覆すべき証拠はない。そうすると原告は本件負傷の結果右入院中の計二四六日間付添看護人を必要とし母朝栄の付添看護を受けたことにより右割合による合計金一四万七六〇〇円相当の損害を受けたものというを妨げない。
(二) 次に慰藉料額につき検討する。原告は本件負傷の結果二四六日間入院治療を受け、その間精神的苦痛を伴う関節の屈伸療法(物理療法)や骨折部の癒合手術を受けたこと及び右治療期間中学業に就くことができなかつたことは前に認定したとおりであり、さらに証人佐藤宏の証言及び原告法定代理人室谷庄吉の尋問結果によると、原告は現在なお左足膝関節の屈伸が完全に回復しないため正座することができず、用便にも不自由であることが認められるので、それらにより今日までの間に受けた原告の精神的苦痛は大きかつたと考えられ、その慰藉料額は金五〇万〇〇〇〇円と算定するのが相当である。
四示談の成否とその効力
原告の受けた本件事故による傷害等の損害につき、原告の親権者である父室谷庄吉と被告の代理人父服部勝との間で、訴外小島敬治の斡旋により昭和三九年二月一日被告主張のような示談(和解)契約のできたことは当事者に争いがない。
そこで原告主張の錯誤の抗弁及び被告主張の重過失の再抗弁につき判断する。
<証拠>綜合して考察すると前記の示談交渉は事故発生の直後頃から被告の父幸三郎の警察問題にならないようにとの希望と考慮から原告の親権者庄吉との間に進められていたのであるが、右庄吉の勤務先の上司(郵便局長)である訴外小島敬治が被告の父幸三郎からの依頼もあつたため右示談の成立を斜旋して前記内容の示談(和解)の成立をみたものであること、しかしながら右示談は付添看護の費用を除外し、また慰藉料も金二万円という原告の前記負傷程度からすれば極めて低額のものであつたこと、原告の親権者庄吉は右示談成立の当時には原告は年少者であり確実な事故の目撃者もないため被告の過失責任の有無が不明であつたのと、原告が当初入院した藤本病院では後遺症の残ることは聞かされていなかつたため完全に治癒するものと考えており、またその後転院した佐藤整形外科診療所における昭和三九年一月二四日の所見では全治まで約三ケ月を要するとの診断であつたので、前記の示談成立当時には同年四月までには完全に治癒し新学期からは登校できるものと信じていたこと、仲介者である訴外小島敬治や被告の父もほぼ同様の見地に立つており、原告の親権者庄吉は右予想のもとに示談に応じたものであること、しかるに原告の負傷は前認定のとおり容易には治癒せず、その間苦痛を伴う物理療法及び骨折の癒合手術を受け同年八月二日ようやく退院したものの、なお膝関節拘縮の後遺症を残すに至つたこと、原告の親権者庄吉において右示談の成立当時にもし右の結果を予見できたならば前記のような内容の示談には応じなかつたものであることの各事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。そして傷害による損害賠償の示談において、傷害の程度、治癒期間、後遺症の有無に対する認識予見は通常その意思決定をするについての重要な前提事実をなすものというべきであるから、その前提事実を著しく誤認してなした右の示談は、原告の親権者庄吉の要素の錯誤によるものと認めるのが相当である。ところが被告は仮りに原告の親権者庄吉に錯誤があつたとしてもその錯誤は重大な過失によるものであるから原告自らその無効を主張し得ない旨主張するけれども、(編注・右和解が原告の親権者庄吉の錯誤によるものであるとしても、同人は担当医師の説明や原告の負傷状態からしてその予後を予見し、または予見し得たものである。また和解をなすについては全治期間や後遺症の有無につき担当医師の所見を求め、その知識を得た上でなすべきが当然である。もし原告の主張どおりであるとすれば、原告の親権者は医師の所見を聞かず予後の判断を誤つたもので重大な過失があるから、原告において錯誤による無効を主張することはできない。)以上の認定事実によれば原告の親権者庄吉の右錯誤に重大な過失があるものとは認めがたく、他に右重過失を肯認するに足りる証拠はないので被告の右主張は採用できない。
よつて被告主張の示談(和解)はその効力を認めがたい。
五過失相殺
本件事故の発生につき、原告にも過失があると認むべきことは前に説示したとおりであり、損害賠償額の算定上原告の右過失を考慮するのが相当であると認められるのでこれを斟酌し、被告が原告に対して賠償すべき前記三(一)(二)の損害は金五〇万〇〇〇〇円と認める。
六結び
よつて原告の本訴請求のうち、被告に対し金五〇万〇〇〇〇円の支払を求める部分は理由があると認められるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法第一九六条第一項第三項を各適用して主文のとおり判決する。(原田久太郎 保沢末良 河上元康)